<Lily of the valley〜望める未来さき





ガイから発せられた言葉に俺はなにもいい返せなくて「え・・・?」呆然とガイの目を見つめることしか出来なかった。
そんな俺に対してガイはいつものような無駄に爽やかさを含んだ笑顔でいつものような朗らかさを含んだ声音でもう一度同じ台詞を繰り返してきた。

「アッシュなんか放っておけ」

いつかどこかで聞いたことのあるフレーズだった。

あれはいつだったっけ・・・



・・・あぁ、思い出した。

『障気なんか放っておけ』

あの時のガイは俺にそういったんだった。

泣きたくなるくらいに嬉しかったけれど俺は首を縦に振ることはしないでガイの言葉を拒絶した。
感謝と謝罪を胸中で繰り返し、俺はレムの搭の頂で剣を命を捧げた。



*     *     *



横目でみんなを確認した時に俺以上に泣きそうな顔をしたガイの表情を今でも憶えている。
そして結果的にその場では生き残ることが出来た俺の視界に一番最初に飛び込んできたものも憶えている。

自分がどうなったのか状況を把握して飲み込みきる前に左手に感じた微かなぬくもり。ぼんやりとした思考のまま顔を横に向けて目に入ったのは、隣に横たわって気を失っているアッシュの顔と繋がれた自分の手だった。
そのことが咄嗟に理解出来なかった俺は縄でがちがちに拘束されたように動けなかった。

俺の隣にいるのはいつだってガイだった。
ずっとずっとガイが俺の傍にいてくれて俺に親代わりとしてひとのぬくもりを与え続けてくれていた。
それが今はガイじゃなくてアッシュから与えられている。そのことが信じ難くてだけど嬉しくてそして戸惑った。

いまだ目を開けないアッシュに俺は動いていいものか繋がれた手を放していいものかと途方に暮れて眉尻を下げた。
そこへ誰かの切羽詰ったような声と足音が聞こえてきて、ようやくアッシュが目を醒ました。
アッシュは自分の右手がなにを掴んでいるのか瞬時に気付いたらしく俺の手を投げるように放した。
包み込まれていたぬくもりが左手から消えて少し寂しい気持ちになったけれど、次の瞬間には腕を強引に引かれて上半身を引っぱり上げられたと思ったら大きな胸板と逞しい二の腕に挟み込まれた。
鼻腔を擽るほのかな匂いが俺を抱きしめている人物が誰なのかを教えてくれた。
俺に覆いかぶさってくる体勢になっている相手の顔は見えなかったけれど相手がどんな表情をしているかが手に取るようにわかった。
色んなものを押し殺した聞きなれた低い声音が俺の名前を何度も耳元で繰り返し紡いでいる。俺は小さく苦笑しながら大きな背中に手を回して安心させるようにそっと囁いた。
これじゃあいつもと立場が逆じゃないかと思ったけれど。

ガイ、俺は大丈夫だよ。
死ななかった。

俺がそう囁くと抱きしめてくる力が一層強くなった。ぎゅうと俺の頭を抱え込むガイの腕は微かに震えていて、その時になって俺はやっと気がついたことがあった。

自分が涙を流していることに。

パタッと手の甲に落ちた雫に、俺は自分の目元に指を這わせてみた。ガイの身体の影でよく見えなかったけど濡れた感触がしたからあぁ、泣いてたんだと改めて実感した。

安堵感と一抹の不安に包まれたまま、俺はそっと目を閉じてガイに身体を委ねた。

今はなにも考えずに、生きているということを感じていたかった。



*     *     *



「アッシュなんか放っておけ」

ガイの台詞に俺の心がぐらぐらと揺れる。
本当なら揺らいではいけないのにアッシュを助けるんだといわなければいけないのに。
どうしてもそのたったひとことが出てこない。
心臓の辺りで大きな塊みたいなものが蓋をして喉元までせり上がってすらこない。
ガイの言葉がまるで甘い誘惑のようだった。

俺の頬を涙が伝う。
<あの時>とは違う種類の涙だ。

ガイは俺のためを想って本心からそういってくれているのだろう。
俺をじっと見つめてくる真剣な眼差しから分かった。



でも、俺は―――

「俺は

アッシュと一緒に帰る。
そう決めたから。

だからごめん、ガイ・・・」

<この世界>は正直にいうと俺にとって苦痛でしかなかった。
俺が知っているみんなとは少し様子が違うみんなが怖くて、みんなから離れてからもひとりでいることが怖くて心細かった。
そんな俺の目の前に現れて笑いかけてくれたガイには本当に感謝している。
でも、でもこれだけは譲れないんだ。

俺が決意に、ガイは寂しそうに小さく笑った。
その表情に罪悪感を覚えてもう一度謝ろうとした時だった。

「それなら仕方ないな」

許せよルーク。

ガイの声が聞こえたと思ったら首筋になにか衝撃を受けて俺は前のめりに倒れこんだ。
地面にぶつかるかと思ったけどガイの腕に抱きとめられて難を逃れた。
ただなにが起こったのか理解できず半ば反射的に振り仰いだ時に見た無表情になったガイの顔を見たのを最後に俺の視界は暗転した。



*     *     *



気付いたら俺は簡易ベッドの上に仰向けにして転がされていた。
なにが起こったのかさっぱり分からなかった。
それでも見覚えのある天上と尻の下から振動してくる動力音で、ここがアルビオール内だということが分かってほっとした。
床に足を着いて仮眠室を出ようとしたら、俺が靴を履くよりも先にドアが開いた。

「おっ、起きたか」

「ガイ・・・」

「首はまだ痛むか?」

「くび・・・?あっ、そうだ!お前なにしてんだよっ!!!」

「いやあ、あぁでもしないとお前さん寝ないだろうなあと思ってな」

「寝るっつの!」

「どうだかなー」

悪びれもせずに笑い返してくるガイに俺はむっとして眉間にしわを寄せた。そんな俺にガイがさらりと

「あれから三日経ってるの、分かってないだろ」

「は?三日・・・?」

「ユリアシティを出て今日で三日目なんだよ」

「え・・・」

俺は眼を丸くして慌てて近くの小さな丸窓から外を見た。
赤紫色の空や泥のような地面はなく、小さな円の中から見えるのは果てしなく広がる青だった。
三日間も眠り続けていたのか。そう思うと呆然とするしかない。
絶句して窓の外を眺め続ける俺に、ガイの笑い声が狭い室内に響く。

「余程気張ってたんだな。少しは疲れが取れたか?」

「え・・・あ、うん」

俺の目の前に立って手袋を外したガイが素手で俺の額に触れて顔を覗き込んでくる。
見慣れた青の双眸と、見慣れない茶色の髪をしたガイの顔が近くにあって不思議な感覚に陥る。
ぼぅっとガイの顔を見ていると、真顔になっていたガイが不意に吹き出した。
なんでガイが笑い出したのかわからなくてポカンとしているとガイが俺の額に置いていた手を頭に持っていって髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜながらいった。

「お前らしいよ」

なにがどう、ガイの目に<俺らしく>映ったのかはわからない。
でもそういって笑うガイに釣られるようにして、

俺も久しぶりに笑った。


















久しぶりすぎる更新に自分でも愕然とした
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2008.12.14